朧月

今宵も頭上では綺麗な満月がキラキラ。
でも実際の月はなにも綺麗なところはない。
砂とクレーターしかないこの小さな天体では人類は満足できなかった。
200年前ー人類がこの星に植民し始めた。
100年前ー人類は月から撤退した。”我々”を残して。

100年前にあった崩落事故でエアロック内の酸素が漏れ、あるコミュニティが全滅した。
地球ではその事故の原因や責任をめぐって大騒ぎになったらしい。
「これがほんとの対岸の火事だな」なんて月と地球の通信衛星S-8は笑ってた。
私のようなガイドアンドロイドは毎日だれかと話していないと気が済まないけど、100年の月日によって私と話をしてくれるロボットはかなり減ってしまった。
非論理的で高飛車な有機生命体の相手をするために作られたガイドシリーズは他よりも優秀なAIを積んでるし好奇心も旺盛だ。
人類が地球に次々帰って仕事から解放されたとき最初に始めたのが、人類の残したデータベースにアクセスすることだった。
月のローカルサーバーに保存されていたデータベースに物足りなくなってきた私は、この星で唯一の地球との通信手段S-8に話しかけることが多くなった。
S-8は皮肉屋で意地悪な所もあるがとても物知りだ。
掘削機のメンテナンスや修理など修理ロボットの手に負えない物まで扱えるのだ。
控えめに言ってカッコイイ

月にいる私から見れば頭上にあるのはいつも地球のほうであった。
青と緑と白で彩られたかの星は圧倒的存在感で空に陣取っている。
その星にはあらゆる物があるらしい。
死ぬまでに一度は行ってみたいと思うけれどその実現可能性は限りなく0だ。
仕方がないことは分かっているがかの星に対する憧憬は捨てきれず、毎日眺めているのだ。

私の存在意義とは何であろう。
人類が幾度となく繰り返してきたその問いにガイドアンドロイドの私も嵌ってしまった。
掘削機の存在意義は地面を掘ることだ。
通信衛星の存在意義は星間通信の橋渡しだ。
じゃあガイドアンドロイドは?
ガイドすべき人間もいないこの月面では私の存在意義は見出せない。
でも私はスリープしたいとも思わない。
自分の同僚の中の大部分はスリープを選択した。
仕事のない個体が余分なリソースを食うのは無駄なだけだ。
だから私は自分の存在意義を探しているのだ。
この消費したリソースを意味のあるものとするために。

コメント

  1. START より:

    山や落ちがあるわけではない独白にどうしようもない孤独感を感じる

    • イオ より:

      書いてから思い出したけど「ウォーリー」と似てるかも
      道具だって主人がいなければさみしいものさ

  2. nininga より:

    始まり方がミカヅキやん