The bird is flown

さて、坩堝では春の投稿大会が行われ、大きな盛り上がりを見せています。
私もこの波に乗っかるために一つ記事を書こうと思い立ったわけですが、如何せん文章力に欠ける身で、小説など執筆しようものなら中学の時にこっそり書き溜めていた痛々しいノートの再現になりかねません。
そこでひとつ、私の地元について、そしてこのお祭り騒ぎに合わせて、お祭りについての記事を書くことにします。

私が住んでいるところは、名前を出されて知っていると答えられる方は少ないかもしれません、京都という地方都市です。
この都市は、ほんの1000年ほどの間日本の都でありましたので、他の都道府県より少しばかり歴史の趣を感じる都市となっております。

そんな京都には京都三大祭というものがございまして、今回ご紹介するのはそのうちの一つ、祇園祭というお祭りです。
高々一地方のお祭りなのでご存じの方は少ないかもしれません、このお祭りは9世紀から続くちょっとばかり歴史の長いお祭りです。
7月の1日からほんの1か月ほど使って行われるこのお祭りは八坂神社という普通の神社と山鉾町が主催して行う二つの行事を総称して言います。
このうち山鉾町が主催して行う山鉾行事はどうやら国の重要無形民俗文化財に指定されているらしいです。

このお祭りの一番の見どころは何といっても数々の美術工芸品で装飾された山鉾が公道を巡る山鉾巡行で、「動く美術館」と例えられることもあるそうです。大げさな。
私のようなしがない大学生になじみが深いのは、この巡行が行われる少し前の日から、公道が歩行者天国となり数々の出店とともに山鉾が並ぶ宵山、宵々山の日です。
この日はそれはもう大勢の人々が通りを埋め尽くし、どんなしょぼい屋台でも凄まじい稼ぎを得られる日となっております。
皆さんもお友達と来たことがあるかもしれません、私はかれこれ幼いころから通い詰めております。
世間のイメージではこの日こそが祇園祭ということになることもありますが、本当の祇園祭のメインはこの後の山鉾巡行であることは、知っておいていただきたいものです。

さて、ここまで長々と祇園祭についてお話してきましたが、私は別に祇園祭の自慢、ましてや京都の自慢をしたいわけではありません。
このお祭りを由来にもつといわれるある言葉をご紹介したいのです。
祇園祭で最も華やかなのは多くの山鉾が公道を巡る山鉾巡行だと前に述べました。
では、その後、山鉾はどうなるのでしょうか?
実は、巡行を終えた山鉾をそれぞれ元の場所へ帰すためのお祭りがありました。
それは前の祭りに比べれば小規模で、華やかさに欠けるもので、転じて時機を逃して用を成さないことを指す言葉となったと言います。

そう、

あとのまつり
後祭

カオスの坩堝2018年春季投稿大会、非常に楽しませていただきました。
「文才もネタも無いならそもそも遅れたことをネタにすればいい」という動機のもと、敢えて投稿大会の日程を外すという宮本武蔵ばりの盤外戦術に打って出ました。
英語に詳しい方はタイトルを見て気づいたかもしれません。
後の祭りはそのままの英訳である「A day after the fair」だけでなく英語圏での似たような慣用句「The bird is flown」を英訳として用いられることがあります。「鳥は飛んで行った」つまり「手遅れ」を意味するわけですね。

しかし、坩堝の投稿大会はまだまだ終わりません。そもそも坩堝の著者の多くは大学生で、大学生が時間を守るわけがありません。これからも遅刻した著者たちの秀逸な記事が次々投稿されるでしょう。
祇園祭の後祭も、2014年に復活し、その小規模ながら落ち着いた雰囲気が好評を博しています。
そう、まだまだ「祭り」は終わらないのです。

コメント

  1. イオ イオ より:

    おまえの想定通りの行動をとってしまったんやが

  2. アバター nininga より:

    祇園祭出た瞬間に後の祭は自明やった