すきあらば自分語り 〜鮟鱇の場合〜

すきがあるので自分語りをする。

幼年期

非常に残念ながら、私には前世の記憶や母親の胎内にいたときの記憶はない。前世で徳を積まなかったのだろうか。さらに言えば、幼稚園の頃の記憶もあまりない。

などといいつつ、幼長のころ、年下の女の子に追いかけられていたことは覚えている。たぶん人生最後のモテ期である。どんな子に追いかけられたか、もう顔も覚えていない。

あとやたらと飴をねだるので「飴太郎」というあだ名がついた。つくづく安直な名前である。

少年期

小学校に入った。入ったその日に、となりの男の子に殴られて泣いていた、らしい。記憶がない。ただ低学年のうちは「子供カースト」の下の方であったのは否定しない。まぁそんなものである。

小学3年生のころに、将棋マイブームがやってきた。休み時間になっては、友人と一局指していたような覚えがある。家でも父親相手に指すこともあったが、なかなか時間が合わない。母親は将棋を指さない。これでは家で研鑽を積むことはできない。

そんな折に見つけたのがコンピュータ将棋であった。これなら家でも将棋を楽しむことができる。色々と調べてみると、フリーの将棋ソフトが見つかった。たしか柿木将棋だった気がするが今調べてみると有償のようだ。記憶がはっきりしない。

ただ小学生の鮟鱇少年には、巷のコンピュータ将棋は強すぎた。定跡書などを読み漁った覚えがあるが、とんと上達しない。将棋教室にも行ったが、結局大して強くなることもなくやめてしまった。そのうちマイブームも去り、将棋も全く指さなくなってしまった。

にもかかわらず、このマイブームは後の鮟鱇少年に大きなきっかけをもたらすことになる。すなわち、鮟鱇少年にとって「コンピュータ将棋」との出会いは、同時に「プログラミング」との出会いを意味していたからだ。

プログラミングに出会う

さて鮟鱇少年、コンピュータ将棋で勝ったり負けたり負けたり負けたりしているうちに、どうにもこの程度の(失敬!)プログラムなら作れるのではないかという酔狂な考えを抱き始めた。先に言っておくが、もちろんコンピュータ将棋のプログラムはかなり複雑な構造をしているのが普通であって、当時プログラミング経験もなかった鮟鱇少年がすぐに作れるような代物ではない。

しかしそこは世間を知らない小学生である。とりあえず検索窓に「将棋 作り方」などと打ち込んでみる。すると、なんと「将棋プログラムの作り方」という鮟鱇少年にぴったりのページが見つかるのである。このサイトはC++を用いてコンピュータ将棋をつくるページで、間違っても小学生は対象読者に入っていない。中身を読んでみると、謎の英語(コード)は出てくるし、日本語の部分もよくわからないし、まぁどうにもならない。

どうにもならないが、どうにかしたいのが鮟鱇少年である。さらにいろいろとしらべて、当時のMicrosoft Visual StudioのExpress Edition(無料版)を入れてプログラムの部分だけをコピペしてみたり(もちろん動かない)、「将棋プログラムの作り方」と同じ著者による本『コンピュータ将棋のアルゴリズム』(近年どうもHTML版が公開されているらしい)を図書館から借りてきて読んでみたり(なんだかよくわからない)とまぁいろいろやった。いろいろやって、結局どうにもならずに諦めてしまった。

しかしここで、プログラミングに興味を持ったのは事実である。次に図書館に行って『30日でできる! OS自作入門』を借りてきた。なんということはない、語り口が軽妙で、読みやすそうだったのがその理由である。厚さにして4cmもある本を、さながら二宮金次郎像のように、登校途中に歩きながら読んでいた記憶がある。

一応読み通しはしたが、結局C言語はよく分からなかったし、OSも作ろうとはしなかった。ただ、図版が豊富だったこともあって、コンピュータがどのような仕組みで動いているのかを理解するのにはおおいに役に立った。このあとC言語を本格的に学習する際に、たとえばポインタのような概念で躓くことがほぼなかったのは、この本のおかげだろうと思う。

そんなこんなで、プログラミングと少し触れ合いつつも、コードはほとんど書かずに小学生を終えた。

(またすきがあれば続く)

    コメント

    1. アバター nininga より:

      隙を与えてしまった