道の向こうに 0.

2017年11月25日、21時30分。私は東京ステーションに辿り着いた。荷物は、数日分の衣類を入れた青いバッグ、それから青いシクロ車だ。東京ステーションでY氏と合流し、神田ステーション方面へ自転車を走らせる。適当なネットカフェを見つけてチェックインし、その日は早くに寝てしまった。遂に明日から始まる戦いに、私は万全の体制で挑もうとしたのだ。

これは、あるにわかサイクリング部員の体験談であり、彼の限界突破の記録である。

全てはY氏のLINEから始まった。

「NF期間に東海道走らへん?日本橋から三条大橋まで、48時間目標で。」

見た瞬間思わず、は?という声が漏れた。たしかに、9月末の耐久ランは無事完走できた(しかも自分なりに満足のいくタイムで)し、それ以来ロングライドには興味を持っていた。しかし、今回の相手が耐久ラン以上に手強いことは感覚ですぐにわかっていた。そもそも東京・京都間は500キロ近くあり、これは耐久ランの倍以上の距離である。それに、東海道には越えねばならぬ強敵が居座っていた。箱根峠である。私は一瞬悲観的になった。海沿いの街小田原から一気に標高を800mも上げるのは間違いなく苦行だ。下手をすると東京からたった100キロでリタイアになってしまうかもしれない。

「もう少し考えさせてください。」と返信した。必ず伴うであろう苦しみゆえ、私は迷いに迷った。だが、己の好奇心を抑えられないことに気づくまで長くはかからなかった。一晩たつと、私の心の中は180°回っていた。苦しいなら苦しみを乗り越えればいいのだ。苦しみを避け続ける人間に、これ以上は無理だと決めつける人間に勝利などない。限界に挑戦してみせろ、と言い聞かす自分がいた。呼応するように、限界に挑戦してみたいと思い出した。とっさにLINEを開いた。

「東海道、行きます。」

11月26日、午前5時。我々2人は神田駅近くのネットカフェをあとにして、日本橋に着いた。道はここから始まる。数百年も前から変わらない事実を噛みしめるように、私は目を閉じてみた。覚悟は決めた。と同時にカッと目を見開いた。5時42分、そのひと漕ぎから、戦いは始まった。

続く

あまみるきー

人望がない。

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コメント

  1. nininga より:

    その頃、僕は山梨→京都の高速走ってましたね