キリル文字ヨタ話

この投稿は「語学/言語学/人工言語合同 Advent Calendar 2017」の14日目の記事です。

始めましての方は始めまして、久方ぶりの方はお久しぶりです。艮 鮟鱇です。皆様お元気でしょうか。私は少し風邪気味ですが、どうぞ皆様もご自愛ください。

ここ「カオスの坩堝」では絶賛「カオスの坩堝 Advent Calendar 2017」が進行しているわけですが、その真っ只中に「語学/言語学/人工言語合同 Advent Calendar 2017」参加記事を投下していきます。まあこれがカオスってことよっていう感じです。「語学/言語学/人工言語合同 Advent Calendar 2017」から来た方は、是非「カオスの坩堝 Advent Calendar 2017」も見ていただけたらと思います。 14日目はすぺくたさん担当です。

さて、Adventarにも書きましたが、今日はキリル文字についてまとめてみたいと思います。そんなものについてまとめて何になるんだと思われる方もいるかも知れませんが、まあ何ていうか、今年ロシア語をちょろっと勉強した私の成果を見せびらかしたいだけです。ごめんなさい。

っていうかキリル文字ってなんだ!?

言語クラスタの方々ならともかく、そうでない方だと「キリル文字」という言葉を聞いたことがない人も多いかも知れません。上で「ロシア語」という単語を出しました。そうです。ロシアっぽい文章に使われている、RやNをひっくり返して楽しむ文字のことです。英語などで使われるラテン文字と違うようで似ているようでやっぱり違う。そんな文字たちのことをキリル文字と呼びます。別に大工さんの道具でも、胃薬が必要な状態でもありません。1

上で少し触れましたが、以下「キリル文字」と言った場合には、ロシア語で使われているそれを指します。実は、キリル文字はロシア語だけではなくそこそこ広い環境で使われていて、各々文字が少しずつ違ったりするのですが、そこまでまとめるには私ごときの知識では辛いのです。すいません。

あと、私は所詮8ヶ月程度ロシア語を大学の教養で学習しただけのペーペーなので、以下間違い等もたくさんあると思います。「ヨタ話」とタイトルに銘打っているのはそれに対する予防線ですが、もし間違いを見つけられたら、コメント欄あたりでそっとマサカリを投げていただけると、血を流して喜びますので、言語クラスタの方々よろしくお願いします。

では張り切ってまいりましょう。

キリル文字を概観する

我々一般ピーポーにとってキリル文字などというものを見るのは、ある種の顔文字m9(^Д^)プギャーであるとか、人工音声の名前であるとか、はたまた最近ホットな力士のTwitterであったりするわけです。2

ということで、少しキリル文字を概観してみましょう――といってWikipediaの画像を持ってきても良いわけですが、今の御時世、もっと手軽な方法があります。そう、iPhoneのソフトウェアキーボードです。ということで、私のiPhone画面から切り出したキリル文字の大文字がこちら。

英語を書く時に使うラテン文字に似た文字があるかと思えば、まったく違う文字も多くありますね。数学などをよく知っている方は、ギリシア文字に似ているところがあることにも気づくかも知れません。

色々と考えていただいたところで、次に小文字を見てみましょう。こちらです。

ちょっと上の大文字の一覧と見比べてみてください。そうです。大文字と小文字と形が同じのものが多いのです。相似形とでもいいましょうか。ラテン文字でもそういう文字はありますが、形が変わることのほうが多いと思います。 Dとdとか、Hとhとかね。これがキリル文字には少ない。更にいいましょう。上の一覧では辛うじて変化しているАとаや Еとе、Бとбですが、手書きではこれらの小文字を大文字の相似形として書いて構いません。手書きでАЕБと書いてあるときに、これが大文字か小文字かは区別がつかないのです。楽しいですね。

さてここからは、各々の文字を詳しく見ていきましょう――でも全て見ているとこの記事が長くなって仕方がないので、私の独断と偏見でネタが豊富なものだけにします。ご容赦ください。

以下«А»のように二重山カッコでくくったものはキリル文字、 “A”のようにダブルクオーテーションでくくったものはラテン文字、『Α』のように二重カギカッコでくくったものはギリシア文字とします。以上の例からも分かるように、こやつら字形が死ぬほど似ている文字が多数あるので、こうやってやらないと区別がつかんのです。ご了承ください。

では参りましょう。

«Рр»

「なんだいきなり何が来るかと思ったらこれぐらい知ってるぞ。ピーだろピー」と思われた方、おめでとうございます。全く違います

このラテン文字の“P”に酷似した字ですが、実は“R”に相当する文字です。ロシア語では、巻舌で「ルルルルルッ」とやる時の音になります。

そしてこの文字そのものは「エル」ないし「エッル」と読まれます。でも“R”です。紛らわしいね。ちなみにラテン文字の“L”に相当するのは、キリル文字では«Лл»です。これはこれでネタが豊富なので後に取っておきます。

さて、ここで少し疑問がわきます。なぜおなじ“R”の音が、ラテン文字では“R”、キリル文字では«Р»なのでしょうか。実は、どちらの文字も起源は同じで、ギリシア文字の『Ρ』(ロー)です。ということで、むしろキリル文字のほうが納得できる字形なのです。では“R”はなぜ一画足されたのか。

ところで皆さん“D”とか“Z”とかを書く時に、真ん中にピロっと線を引く人を見たことがありませんか。何を隠そう私がそうなのですが、これは“D”と“O”、“Z”と2などの区別を明確にするためです。これと同じことが“R”では行われたのです。ギリシア文字における『Π』(パイ)ですが、この文字の右側の縦線がだんだん曲がっていって、ラテン文字の“P”になりました。そうすると、これは『Ρ』(ロー)と見分けがつかなくなる。ということで『Ρ』に一画加えて、“R”になったのです。納得ですよね?

さて、«Рр»はラテン文字と字形が似ているのに全く違う文字と対応するという意味で顕著な例ですが、他にも色々とあります。例えば«Нн»・«Сс»・«Уу»。各々ラテン文字の“N”・“S”・“U”に相当します。逆に、一致するものもあります。«Аа»・«Оо»は各々“A”・“O”に対応します。ちょっと特殊な例として«Дд»があります。顔文字でよく使われますが、これ何だと思います?ラテン文字で相当するのは“D”です。ちょっと形が違う気がしますよね。でも、ギリシア文字の『Δ』(デルタ)に足を生やしたものと見るとどうでしょう。よく似ていると思いませんか?実際、手書きするときには足の上に載っている部分は四角でなく三角でも構いません。面白いですよね。

«Вв»

お次はこの文字です。これもまたラテン文字の“B”によく似ていますが、発音は“V”です。下唇を上の前歯で噛みながら「ヴェー」と発音されます。ちなみにラテン文字の“B”に相当するのは«Бб»です。

さて、今発音は“V”だと書きました。実はこの文字、もうひとつ対応するラテン文字があります ――対応、というと少し語弊があるでしょうか。実は、«Вв»と書いてあるにもかかわらず、 “V”ではなく“W”に対応するとみなされることがあるのです。ロシア語の例を挙げましょう。ロシアの首都モスクワの「ワ」は、ロシア語では「ヴァ」と発音されます。少々の発音上の例外も考慮に入れて3、全体では「マスクヴァー」(«Москва»)です。日本語の発音とだいぶ違いますね。もうひとつの例として、みんな大好きウォッカを出します。「ウォ」とありますが、実際は「ヴォ」です。全体で「ヴォートカ」(«водка»)と発音されます。

このように、実際のロシア語では“V”で発音されるにもかかわらず、 Wであるとみなされるのです。これ、実はロシア語に固有の話ではありません。例えばドイツの車両メーカーとして有名なフォルクスワーゲンですが、これは「Volkswagen」と表記されます。後半は“W”から始まりますね。ところが、この音は“V”に近く発音されます。ということで、より実際に近い発音は「フォルクスヴァーゲン」となるのです。4

では、話をロシア語に戻して、ロシア語で“W”を直接表す文字はないのでしょうか。実は無いのです。ここで一つ問題が生じます。すなわち、外来語で“W”が入ったものをどのように表記するのか。例を見ましょう。この記事を書くにあたって今も絶賛参照中のWikipediaです。 Wikipediaは多言語対応が充実していますから、もちろんロシア語版もあります。ということでロゴ画像を見てみると、やはり«В»です。このように、外来語の“W”には«Вв»が当てられるのです。

さて、ここで困ったことが生じます。意外と身近な問題なのですが、お気づきでしょうか。日本語をキリル文字に置き換える時を考えてみてください。ワ行がそのままヴァ行、あるいは日本語では似た音のバ行になってしまう。そう。みかんの生産量日本一、和歌山をキリル文字表記してみましょう。 «Вакаяма»。何とは言いませんが、日本語ではすごく誤解を生みそうな発音になってしました。これ、笑い話のようですが、ロシア語が母語の方が日本語を学習するときなど意外と深刻な問題であるような気がします。実際どうしているんでしょう。気になりますが調査していません。

実は、英語と日本語でも同じような問題が発生するときがあります。“R”と“L”の発音です。日本語ではどちらも「ら行」と認識されますが、英語を母語とする人々にとっては明確に違う音を指します。5すると、日本人が発音した英語が、誤った意味にとられるということが起こります。大抵の場合文脈から推定して問題ないことが多いのですが、一部少々恥ずかしい思いをする場合もあります。以前聞いた例で面白かったのは“election”(選挙)と“erection”(勃起)ですかね。「昨日のイレクションどうだった?」「あぁ、最高だったよ!」

«Лл»/«Тт»

この文字について説明する前に、ちょっとこちらをご覧ください。少し前に流行った「全部同じじゃないですかクソコラグランプリ」の一つです。

やばいですよね。ちなみに«Ии»は「イー」と読みます。ラテン文字の“I”に相当しますが、起源をギリシア文字の『Η』(イータ)にとります。ちなみに“I”は『Ι』(イオタ)から来ています。

まあこのツイートのリプライを観測している限りではこの画像はそこそこ誇張されたもののようで、そのまま信用できるものでは無かったりしますが、それでもロシア語の筆記体のやばさの一端が垣間見えます。

もう一つこんな話題を。ロシアのプーチン大統領が落書きしていると思ったらロシア語の筆記体だった話です。ぜひリンク先をご覧ください。こちらも大概やばいです。

ということで、このセクションはキリル文字の筆記体についてです。上二つは前座みたいなもので、むしろここが本編です。既にもうお腹いっぱいかも知れませんが、ぜひ最後までお付き合いください。

さてこのセクションの見出しの文字は«Лл»と«Тт»です。前者は先述したようにラテン文字の“L”に相当し、「エール」と発音されます。後者はラテン文字の“T”にそっくりで、実際“T”に対応します。発音は「テー」です。問題はこいつらの筆記体です。まず«Лл»ですが、次のようになります。

何このとんがりコーンという感じですが、これです。なんというか、ラテン文字“L”の筆記体に似てなくもないです。ややこしいのはですね、キリル文字には«Мм»だの«Шш»だのという文字がありまして、しかもロシア語の単語だとこやつら結構横に並びよるんですよね。するとどうなるか。こうなります。

(画像はhttp://kiriusa.at.webry.info/201707/article_6.htmlより)

読めねぇ。いや本当に読めねぇ。やばい。

さて、まあこういうやばさは少し横に置いておきましょう。お次は«Тт»です。これは組み合わせなんてどうでもいいんです。単発でやばいのです。ということで«Тт»の筆記体はこちら。6

“M”です。いや、“M”ではなくて«Тт»なんですが、でもどっからどう見ても“M”の小文字にしか見えない。特に小文字。他にもあります。«Пп»はnになり、«Ии»はuになり、小文字の«д»はgになります。わけがわからないよ。

「まぁ筆記体なんて、ロシア人と手紙のやり取りでもしないと使わないしー」とか思っていると痛い目にあいます。Googleにおいてロシア語で検索するとき7に「もしかして」機能が作動すると、フォントによってはこの候補を斜体ではなくイタリック体で表示しやがるのです。イタリック体はその起源から言って筆記体から派生した字形です。そうするとこうなります。

立体では«аккредитив»(信任状)です。もはやなにがなんだか。

結局

以上キリル文字を見てきました。なかなか「やばい」というのが伝わったでしょうか。でもこれ、本当は当然です。現代の日本人が、単にキリル文字よりもラテン文字に慣れ親しんでいるというだけの話。文字体系が違えば様々なことが違ってくるのは当たり前です。だから本当は「やばいやばい」と連呼するのも、まあ失礼といえば失礼でしょう。それでも、ロシア語を学習する中でやっぱり「えぇっ!?」となるのも事実でした。そんな内容ばかりまとめた記事もあってもいいのではないか。キリル文字について「なんか“R”と“N”がひっくり返ってる」以上のことをお伝えできればいいなと思ってこの記事を書いた次第です。

気がつけばアホみたいに長くなってしまいました。ここまで読了していただいた方が何人いらっしゃるか分かりませんが、ご高覧いただき本当にありがとうございました。

この投稿は「語学/言語学/人工言語合同 Advent Calendar 2017」の14日目の記事でした。艮鮟鱇が担当しました。次回は12/16(土)でyuchiki1000yenさんの予定です。


  1. キリとキリキリのことです。念のため。
  2. この最後の例は少し面白くて、モンゴルは中国文化圏っていうイメージが強かったのですが、歴史的な事情により、ロシア――当時はソ連ですが――の影響で、モンゴル語の表記体系としてキリル文字を採用しているそうです。「モンゴル文字」というそれ以前に使われていた文字は「社会的にはすっかり無関心」なんだそうです(Wikipedia)。詳しくはリンク先のWikipediaをどうぞ。
  3. アクセントのない«о»は«а»に近く読まれます。また、無声子音の前の有声子音は無声化することがあります。
  4. 私自身はネイティブの発音を実際に聞いたことはありません。ということでYouTubeでCMを探して聞いてみたのですが、んーこれ、どっちにも聞こえるような気がするなぁ。Google翻訳で発音させると、なんとこれは明確に「ワ」の音です。ネットで調べても今いち釈然としないし、例としてはふさわしくなかったかもしれません。どなたか詳しい方の詳細解説を希求します。
  5. 実はこの間まで本当に区別できているのか少し疑問に思っていたのですが、まさにドンピシャの例を思わぬところで見つけました。『ご冗談でしょう、ファインマンさん』(R.P.ファインマン著、大貫昌子訳、岩波現代文庫、2000)という書籍において、日本人がlikeをrikeと発音したという話が載っています。この部分に限らずとても面白い書籍なのでぜひ。
  6. 以下筆記体の画像はWikipediaより引用。
  7. こんな機会がそもそも無いという話はある。でもたまには«СССР»とか調べたい。調べたくない?

おまけ

さすがにキリル文字一覧もつけずにキリル文字の記事を書くのもどうかと思うので、申し訳程度につけておきます。詳しくはWikipedia参照のこと。この記事よりも詳しくいろいろなことが書いてあります。私の執筆にあたっても大いに参考にしました。

文字の名称・対応するラテン文字は『初級ロシア語20課』(桑野 隆、白水社、2012)を参考にしました。

大文字小文字文字の名称対応するラテン文字
АаアーA
БбべーB
ВвヴエーV
ГгゲーG
ДдデーD
Ееィエー
Ёёヨー
Жжジェー
ЗзゼーZ
ИиイーI
Ййイー・クラートカヤY
КкカーK
ЛлエールL
МмエームM
НнエーヌN
ОоオーO
ПпペーP
РрエッルR
СсエースS
ТтテーT
УуウーU
ФфエーフF
ХхハーH
Ццツェー
Ччチェー
Шшシャー
Щщシシャー
Ъъトヴョールドゥイ・ズナーク
Ыыゥイー
Ььミャーフキイ・ズナーク
ЭэエーE
Ююユー
Яяヤー

コメント

  1. nininga より:

    すき。

    私のiphoneもロシア語とギリシャ語のキー入れてます。