初雪の朝

この投稿は「カオスの坩堝 Advent Calender 2017」の27日目の記事です。

京都にこの冬初めての雪が降った朝のことだった。私は大学の1限を休んで下鴨神社へとお参りに来た。普通なら2限に間に合うギリギリまで寝ていたいのだが、今日はちがった。私は自殺の成功祈願にきたのである。

「上手く死ねますように。」

  こんなお願いを神様が聞き入れてくれるかどうか分からなかったが、とにかく何かに縋りたかったのだ。

「そんなに不安なら死ななければいい。生きてればいいことがある。」

   そんな言葉をかけてくる人なんて世界中に何十億といるだろうが、僕は固く決めたのだ。そもそも 良いことが無いから死ぬのではない。今病んでいる人には申し訳ないが、良いことなんて探せばそこら中にある。私は自分が生きている事が罪であると悟った、ただそれだけのことである。他の人のことは分からないが、自分のことは1番よくわかっている。自分は生きていても周りにプラスをもたらさないタイプの人間だ。どちらにせよ死ぬのであれば 膿んでしまう前に傷口を閉ざすべきだ。人に迷惑をかけるだけかけて自己満足で完結されそうな人生を早く終わらせてしまおう。

  私は参道の真ん中を寒さに震えながらも一歩一歩踏みしめて歩いた。この雪は積もるには小さく、脆い。継続した真面目な努力をしてこなかった私にはこの雪のように何も積もらない。積もるものがなければ、人に与えられるものもないのだ。

何かに躓いてしまってふと我に返った。神社の参道で躓くなんて縁起が悪い、なんて思ってしまった。死ぬと決めた日までは生きたいという気持ちをまだ持ち合わせていたとは、自分の強欲さが嫌になった。

  私が死のうと思っているのは4日後、今年の1231日だ。場所は自分の下宿先。年末のイベントを楽しむ人々に迷惑をかけないよう一人でひっそりと死ぬつもりだ。この日にした深い理由はないが、どうせ年末に死ぬならこの年と一緒にこの世から消え去ってしまおうと考えたからだ。実に曖昧な理由で死ぬ日を決めるとは、フィーリングで生きてきた私らしいと我ながら思う。

 ふと我に返り、着ていたコートをまくって腕時計をみると、1010分をまわっている。今から自転車で走ってギリギリ2限に間に合うかどうかだ。とりあえず走って下宿先へ帰り、自転車に飛び乗った。競輪選手のごとく前傾姿勢で空気抵抗をなるべく減らして、足に乳酸がたままってゆくのを感じながら全速力で走った。手の感覚がなくなってきた。10時を過ぎているとはいえ気温は3度を下回っていた。ただそんな体の末端とは裏腹に体全体は温まってくる。自分の生を感じていた。「命は短いから輝く」、誰が言った言葉だったか思い出せないが、死ぬことを決めた今、自分の命が輝いて見えた。そして、さっきまでお参りしていた下鴨神社の前の横断歩道を横切った瞬間、自転車の前輪になにか固い感触を感じた、それから間もなく後輪が跳ね上がり、僕は宙を舞った。

「あ、死んだな」

家族や今までの友達や先輩の顔が目の前にくっきりと浮かんだ。どの顔も本当に自分が見たのかと思うほど笑顔だった。その笑顔をすこし寂しい思いで見る自分と「これが走馬灯か」と感心している冷めた自分がいた。こういう時、人は周りがスローモーションになって見えると聞いたことがあるが、想像していたスローよりずっと早い。じっくり感傷に浸る間もなく、私は頭から地面に落ちた。

 

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 幸か不幸か、私は目を覚ますことが出来た。目を覚ますと自分がいる場所は下鴨神社の境内と分かったが、目の前にはなにかよく分からない白く大きな物体があった。最初は雪の塊か何かかと思ったがすぐに違うと分かった。その物体が話しかけて来たのだ。

「私にぶつかったのは君かね」

「いえ違います」

全速力で自転車を漕いでいたとはいえ、さすがに自分の体長ほどの謎の白い物体に気付かない筈がない。私は、話しかけられた驚きで声を振り絞って返事をするだけで精一杯だった。

「うむ。ある意味では確かにそうだ。君は今見えている私にはぶつかっていないかもしれない。これは私のこちらでの姿だ。先ほどの世界では私は虚無の形をしている」

虚無に形などあるだろうか。まだ自分の目の前で起こっていることを掴めず、とりあえずあいまいな返事をした。そもそもこの物体は人間の言葉を話せる生物なのか、いやそんなもの存在しない筈だ。

「君は私が何者なのかを知りたがっているようだな。なら教えてやろう。私は死神だ」

「なるほど。死神さん」

普通なら信じられないだろうが、今の私には死神が目の前に現れることがとても自然なことのように感じられた。やはり、死が近づくと人はおかしくなってしまうのかもしれない。いや、死神がいるということは私は死んだのか。あっけない終わりに少し落胆していると、死神と名乗る物体は続けた。

「といっても、君は死んだわけではない。確かに死に非常に近い状態にいる。それは転倒で始まったことではなく、君が死ぬことを決めたその瞬間から君は半分こちらの世界に足を踏み入れていたのだ。だから、私の姿は見えなくとも物理的な接触を感じることが出来たのだ。」

「ということは、さっき参道で私が躓いたのも」

「私だ」

なるほど、なんとなくであるが合点がいった。合点がいくと緊張感が解けたのかスラスラ話せるようになった。

「しかし、その死神さんが私に何か御用があるのですか」

「それが、君は死後の世界になにか幻想を抱いているようだ。このままでは君は死に損だと思ってな。折角なら君を死後の世界に招待してやろう。」

死神が死に損という言葉を使うとは意外だったが、まぁ死後の世界見学会も悪くない。私は死神についていくことにした。

 

 「死んだ後に天国と地獄があるという話は聞いたことがあると思うが、それは勝手にそっちの世界が決めたものだ。実際は地獄しかない。」

 そういいながら死神は参道を進んでいき、スッと消えた。取り残されたかと思うと、フッと後ろから死神が現れ囁いた。

「実はもう目を覚ました瞬間から君は死後の世界に君はいるのだ。」

なんのジョークであろうか。面白くもなんともない。明らかにここはさっきまで私がお参りしていた下鴨神社であった。何だか何もかも信じられなくなってきた。そもそもこいつが死神なのかどうかも怪しいところだ。私は茶番に付き合わされていたのだろうか。

「君は信じていないようだな。これが死後の世界だということを。ならば質問だが、この時間帯に下鴨神社はこんなに誰もいなかったかね。」

 私は辺りを見回してみた。普段ならある程度いる暇そうな老人たちが今日はいない。そもそも人っ子一人見当たらない。

「どうだ。死後の世界とはわからずとも、異変は気づいたようだな。つまりそういうことだ。この世界の見た目は君が住んでいる世界と何ら変わりはしない。では、なぜ誰もいないのか。答えは簡単だ。ここに連れてこられるのは君が心から愛した人だけなのだ。君は人を心から愛したことがあるかね。」

 何故死神に愛について語られなければならないのか。少し腹立たしかったが、質問の答えを考えてみることとした。自分を愛することができない私は、自分の周りの人間を羨み、妬んでいただけではなかったか。よく考えてみると、心から人を愛する奴が自分で死ぬ日を決めて自殺しようなんて自分勝手なことは考えないであろう。

「ないと思います。」

「やはりそうであったか。だからさっき私はこの世界は地獄しかないと言ったのだ。つまりだ、今の君はここに来ても孤独な地獄しか待っていない。だから残念なことに、君にはここに来る資格がまだない。その資格を手に入れるために君は生きるしかないのだ。生きるということは、人を心から愛するということなのだよ。」

そういうと死神は笑い(実際はただの白い物体なので笑ったのかどうか分からなかったが、私にはそう感じられた)、糺の森へと消えていった。

「待ってくれよ!」

そう言おうとしたがなぜか声は出なかった。そして次の瞬間、体に激痛が走り世界が歪みだした。私は痛みと歪みからくる吐き気からその場にうずくまった。そして私の意識はどんどん遠のいていった。

 

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気が付き、目を開けるとどこか知らない部屋の天井が見えた。誰かに手が握られている。顔を確かめると私の母であった。母は私と目が合うやいなや、涙をながして喜んだ。

「よかった。あんた自転車で転倒して意識を失って5日間もずっと目を覚まさなかったんだよ。」

 そんなに眠っていたのかと、痛む体を起こしてカレンダーを確認すると1月のものになっていた。病室の外では子供たちが元気に雪合戦をしている。寒さからかいつもより母の温かみと母の愛を感じる。今日は11日。私の新しい1年が始まった。京都に今年初めての雪が降り積もった朝のことだった。

この記事は「カオスの坩堝 Advent Calender 2017」の27日目の記事でした。28日目はCORALさん担当の予定です。

コメント

  1. nininga より:

    寿命をお金で売買したいです

    • KD より:

      あなたは 寿命をお金で買って 少しでも長く生きたいですか?
      それとも寿命を売って お金に余裕のある人生を送りたいですか?

  2. nininga より:

    売り手やけど
    人が寿命の取引してるのも見たい