TwitterはCommunicationか

Ⅰ はじめに

 こんにちは、オイラーです。3回目の投稿にして初めて本人の登場する文章ですね。今回は小説でも普段のよくわからない(笑)ツイートでもなく、僕が思っていることをみなさんにも伝えたいと思い、できるだけわかりやすく書くつもりでいます。ただし、最低限の体裁は整えたいと思います。

   本記事はまず初めにⅡで、本記事を執筆するきっかけや込めた思いについて軽く触れ、次にⅢで、本題となった問いに対し、個人的なアカウント運営の観点ではノーの回答を提示します。つまり、Twitterはコミュニケーションとは異なると解釈し、Twitterとコミュニケーションの特記すべき相違を示します。次いでⅣでは、Ⅲでの議論を踏まえて僕のオイラー(@sh2017_5)のアカウントについて興味のある方へ、ツイートを見るにあたって、厚かましくも少し聞いてほしいことを説明します。最後にⅤで軽くまとめをしたのち、みなさんへの挨拶を添えて締めくくろうと思います。

Ⅱ 本記事執筆の契機と注意

 さて、今回の記事の焦点となったのは「Twitterはコミュニケーションか」です。もちろんこれは規範ではなく記述の話です。Prescriptiveではなくdescriptiveな話です。少なくとも僕にとってどうかということを、僕のフォロワーかつツイートを見てくださっている方には知っておいて欲しいと思ったのです。過去にエンカした人から「Twitterのイメージと違う」という声が多かったことや、「オイラーはいつも真面目なツイートや考えたツイートが多い」という趣旨のことを言われたこと、兄か弟か一人っ子かのイメージを問うアンケートで「一人っ子っぽい」がかなりの差をつけて最多数を獲得したこと、オイラーのアカウントでのツイートを好きでない、あるいは不快と感じる人が顕在的にも潜在的にもいるであろうことや個人的推察など、いくつか背景はありますが、この記事を書く直接の端緒となったのは、ある人物との会話でした。仮にその人物をAさんとしましょう。Aさんは長い間僕とFFでしたが、僕のツイートを見ていてあまり好きではないタイプの人間だと思っていたようです。いわゆる、自分の話ばかりで相手の話を聞かない、まず否定から入る、変なこだわりが強く、どうしても自己主張を通したい、というようなタイプでしょう。確かに、ツイートだけを見てそう判断する人もいるのではないかと思い当たりました。しかし、それはあくまでTwitterのツイートに過ぎません。実際、僕をリアルでちゃんと知ってくれている人や、会って印象変わった人などは理解してもらえると思います(だからといって、昔そういう自己主張の傾向が強い人間であった僕が、今も完全にコミュニケーションがしっかりしている人間だとは自信をもって思えませんが)。Aさんも会って話すようになってからは、仲良くなれないと思っていた印象がいい方向に変わったと言います。要するに、僕がそういうTwitterの使い方をしているというだけで、僕とは別の使い方をしている人に、自分の使い方に照らしてこういう人間だと判断してほしくはないのです。「イメージを固定化しないことは大事だよね」とか、「自分の理解に当てはめないように」とかいったツイートは過去に何度かしましたが、つまりどういうことなんだということを、次の章でお話しします。

Ⅲ ツイートと会話の使い分け

 では、使い方の違いとは何でしょうか。ここでは簡略化のため、2つの大きな違いにのみ着目したいと思います。1つ目は、Twitterにおけるツイート、リプライなどすべてをリアルの人間関係と同様に、相手を想定して行うスタンス(以下、双方向的スタンスと呼ぶ)です。おそらく多くの人はこちらに属すると思います。対してもう1つは、Twitterにおけるツイートで自分の考えなどを中心に、他の人間を想定せずに自由にツイートするスタンス(以下、一方向的スタンスと呼ぶ)です。僕はこちらの向きが強いですね。この2つのスタンスの違いにより、認識の差が生まれるのだと思います。具体例を考えてみましょう。以下は完全にフィクションで、あくまで説明のための一例ということを念頭においてください。

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想定TL

a「知り合い同士でヤるやつの気が知れんわw」

b「不穏になるしオフパコとかする人は関係ないところでやって欲しい…」

c「するのはいいけどわざわざ報告すんなよな、アホかよ」

d「実際会ってヤるとか理解できんしキモい」

解答ⅰ「まあ周りの人間関係とかに迷惑かけたりする場合もあるしね…」

解答ⅱ「別にお互い良ければいいと思うけどなあ。そういうのって当事者同士の問題なんだし、そこに第三者が文句言うのは筋違いでしょ。合意がないとかは論外だけど、自分の受け入れられないことにもっともらしいこと反論するのって価値観の押し付けだと思うけどな」

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ここでは、解答ⅰが双方向的スタンス、解答ⅱが一方向的スタンスに当たります。双方向的スタンスでは、流れや相手を考えてツイートしているのに対し、一方向的スタンスでは、完全ではないものの自分の意見をはっきりと述べていることがわかります。結論を言えば、僕にとって、Twitterは一方向的スタンス、リアルは双方向的スタンスなのです。しかしこれには様々な条件が付くことになります。①一方向的なのはTwitterにおけるツイートのみで、リプライなど直接のやりとりは含まないこと、②一方向的/双方向的というのは割合や傾向であって、完全に分けられるものではないということ、③時と場合によるということ、などがあります。ツイートでは比較的言いたいことを自由に言いますね。しかし相手と対話するときは、相手がいるのですからそうはいきません。思っていることと言うことの間、ホンネとタテマエの間、そこにこの問題の鍵があると思います。ツイートは完全ではないが制限なく出すところ、会話は制限があり、出す出さないを決めるところという認識が、一方向的スタンスを作るのでしょうね。

Ⅳ お願い

 ここまで、Twitterにおけるツイートとリアルでの会話との認識の違いを示しました。僕はツイートにそういう役割を与えているといってもいいかもしれません。もちろん、会話で自分の意見を言うことも必要ならしますし、ツイートでも、誹謗中傷など本当になんでも言うわけにはいきません。こういう、「自分とは違う」が世の中にはたくさんあることを言葉の上では理解していても、実際にパターン化したり、偏見を持ったり、拒絶したりすることは自分が思っているより多いです。ですからみなさんも、僕だけでなく他の人と接するときも、他人のイメージやコミュニケーションについてその都度考慮してみてはと思ったわけです。僕はTwitterにおけるツイートは一方向的発信と認識してますし、Twitterの創設者もそんなようなことを言っていたと思います。注意して欲しいのは、そんなのみんな一方向的でしょ、という安直な捉え方では伝わらないということです。双方向的な人は、フォロワーという相手が自分の意識の中にある限り、必ずどこかで双方向的です。文字を打ってツイートするという形式だけを見て一方向的というのはナンセンスです。そのうえで、一方向的な傾向の強い人を絶対化してリアルの人間の会話と同一視しないで欲しい、ということです。僕は人との会話は、当たり前ですが発信と受信の双方向で行い、Twitterのツイートでは一方向的発信をするツールとして使用しています。ただそれだけのことなのです。

Ⅴ おわりに

 Co(共に、相互に)はTwitterに当てはまるか、ということでした。僕はそういう風に考えていません。それが平生の一部のツイートや、基本的に自発フォローせずフォローされたらフォロバするという姿勢にも表れているのかなあと思います。そういう意味ではこの記事もまた、一方向的なのかもしれませんね。しかし僕は、あくまでも相手と向き合うのがコミュニケーションと思っていますし、それが好きでもあります。大事なのは専らリアルでのコミュニケーションの仕方なのですが、それについてはまた何かしらの形で意見したいと思っています。最後まで読んでくださってありがとうございました。オイラーってどんな人なんだろう、あるいはこんな人かなと興味を持ってくれる人たちのおかげで楽しくTwitterさせてもらっています。また、記事作成のきっかけを与えてくれたAさんにも感謝です。そんなこんなで仲良くしてくれる人たち、引き続きオイラーをよろしくお願いします。また、良ければ第1稿「システマチック・ラブ・メソドロジー」、第2稿「ライアーゲーム」もご覧ください。それでは。

オイラー

その辺にいる文学徒

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コメント

  1. nininga より:

    いつかお会いしたいものです