(2018年12月22日0時改稿)
焚き火に投げ込まれた枯れ枝は、炎に当てられた途端に呆気なく燃えた。乾き切っていない枝があったのか、火は視界をぼやけさせる程の白煙を吐き続けている。顔を焦がす熱を感じて、わたしは椅子を少しだけ引いた。
「薪、もう無くなっちゃったけど」
「良いんだよ。これ以上燃やしたら、寝る前に消えなくなるから」
軍手を外してテーブルの上に置いた。アルミの小さなテーブルの上には、カップが二つ並んでいる。一つがわたしので、もう一つが香織の。さっき入れたばかりのココアが、十月の夜風に当てられて柔らかに湯気を上げている。
森の奥の方で音がしたような気がして、カップに口を付けながら目だけで辺りを見回す。勿論人間が出した音じゃない。風の音でなければ、きっと狸か狐の足音だ。ここらにはよく獣が下りてくる。
火がますます勢いを増してきた。煙が目に染みる。それだけに、鼻の奥を満たす湯気とココアの香りを心地良く感じた。わたしはもう何センチかだけ椅子を焚き火から遠ざけて、再びカップをテーブルに置く。ふと見ると、反対側のカップのココアが全然減っていない。
「香織も早くココア飲んじゃいなよ。冷める前に」
わたしは顔を右に、わたしと暖を取る妹の方へ向ける。
そこで、目が合った。
日本に住む人間の約十人に一人が東京に居るというのは、統計上の事実だ。けれど、産まれた時からこの街に居るわたしにとっては、世の中の人間の十人に九人くらいが東京人だった。
都会に住むことを息苦しいと感じたことは無い。東京にだって緑が無いわけじゃないし、たまには家族で旅行にだって行く。都会の人間が冷たいだなんて、誰が言いふらしたことなのか知らないが、少なくともわたしの周りの人は温かかった。わたしの話を聞いてくれる。わたしと一緒に話してくれる。私のことを好きでいてくれている。だから友達と遊ぶのは好きだし、家族のことも好きだ。特に、お姉ちゃんお姉ちゃんとわたしを慕う香織の存在は、わたしの中でとても大きい。みんなと過ごす毎日が好きだ。特に変わり映えは無いけれど、だからこそ変わらない日常の楽しさを私は知っているんだ。
とは言え、それはそれ。高校二年生には、たまに一人になりたい時もある。そんな時私は、一人でキャンプに行く。あまり人気の無いキャンプ場の奥の奥、誰も寄り付かないような場所で一晩を過ごすのだ。焚き火をして、簡単な夕飯を作って、そのまま静かにテントで眠る。友達にはあまり話さないが、わたしの密かな趣味だ。
だから、香織に「わたしもキャンプに連れて行って」とせがまれた時に、咄嗟に嫌な顔をしてしまったのも仕方の無いことだと思う。
確かにわたしの持ってるテントは大きめだから、香織が入っても余裕がある。けれど、寝袋は一つしかない。秋の夜は冷えるからと何度も止めたが、それでも香織はキャンプに付いていきたがった。可愛い妹の頼みを断りきれなかったわたしは結局、寝る時になったら寝袋は香織に譲ることを内心で決めて、香織と一緒にキャンプ場に出かけることにした。
いつものキャンプ場までは電車で移動する。原付くらいしか免許の取れない高校二年生にとって、キャンプの最大の障害は移動だ。原付の免許は、危ないからと言ってお母さんが取らせてくれなかった。
急行に揺られること二十分、乗り換えのためにわたし達は一旦駅のホームに下りた。ここからは各駅停車でキャンプ場の最寄り駅へと向かう。
「この辺になると、結構田舎なんだね」
「そういうこと、あんまり言わない方が良いよ」
都会人は冷たい、という話ではないが、都心に住むわたし達が「田舎」と口に出して言うのは、やはり何となく躊躇われた。
初めて下りた駅で興味深げにきょろきょろしている香織につられて、わたしもホームを見渡した。塗装が剥げ錆びた鉄骨の柱、ホームの中頃にぽつんと置かれた売店、エスカレータの無い歩道橋じみた階段なんてのは、確かに都会とは違う空気を形作っている。ただの乗り換え駅でしかない場所の風景についてなんて、考えたこともなかった。
「田舎は駄目なんだ。じゃあ、自然が豊かだね。森とか畑とか」
「畑は自然じゃないでしょ」
「自然だよ。だって植物じゃん」
香織は手を口に当てて笑った。この、喉の奥から鳴るような香織の笑い声がわたしは好きだ。わたしにはどうだって良いようなことでも、香織が笑うと、わたしまで笑えてくるのだから不思議だ。
各駅停車に乗る人はいよいよ少なく、わたし達の向かいの座席に至っては、誰も座っていなかった。二人で家に居る時みたいな気分になって、わたし達はまたどうでも良いことを喋った。
「お姉ちゃん、今回の期末どうだった」
「まあまあかな」
「クラスで何番だったの。お姉ちゃんのとこ、順位貼り出されるんだよね」
「そんなでもないよ。四番」
「何人中の」
「四十一人」
「凄いじゃん!」
香織は自分のことのように喜んでくれた。車両の隅の方に座るサラリーマンがちらりとこちらに目線をよこした。少し恥ずかしい。
「お姉ちゃんは凄いなあ。凄いよ。私なんかよりも、ずっと」
「駄目だよ、私なんか、なんて言っちゃ」
香織はいつもわたしを凄いと言ってくれる。でも、時々彼女は同時に自分を卑下するのだ。それには不満だった。
ソファに座るわたし達の裏側、窓の外から日差しが差し込んでいる。温かな光が私の背中を温める。わたしは香織のことを、わたしより下だなんて思ったことは一度も無い。
でもきっと、それを口に出して言ったところで、香織の慰めにはならない。そう思って、私は話題を変えた。キャンプの話をしよう。今日の夕飯のことを。焚き火を起こす楽しさのことを。あの冷たく静かな暗闇のことを。
各駅停車は間もなく目的の駅に到着した。
森の木々の間を縫って、夜の帳が広がっていった。光を奪われた空気は瞬く間に冷え込んでいく。わたし達が外でこうして話していられるのは、焚き火の熱を浴びているからだ。
香織の短めに揃えた髪の毛が、風に吹かれて揺れている。
香織は、いつからわたしを見つめていたのだろう。わたしの振る舞いの、何が妹の気に留まったのだろうか。
違う。そんなことじゃないのは判っている。
香織の表情は、今まで見たことが無いくらい真剣で、切実だった。香織の顔の右半分は焚き火に照らされて橙色に光っている。それだけに、影になった左半分が、無性に怖く思えた。
また風が吹く。剥き出しの頬が刺すように冷たい。でも香織は動かない。わたしをじっと見ている。わたしも動けなかった。
「どうしたの、香織」
わたしは努めて明るくそう言った。香織の目を真っ直ぐ見られなくて、焚き火の方に顔を向けながら。我ながら不誠実な対応だと思う。
「わたしね、お姉ちゃんと、二人きりで話したいと思ってたんだ」
「そんなの、家でもよく二人になってるじゃん。お父さんもお母さんも、帰ってくるの遅いから」
「そうじゃなくって」
香織が焦れたように首を振る。わかってる。香織は「ここ」でわたしと話したかったんだよね。
「まあ、落ち着きなよ。ココア飲んで」
それでも私はまたその場凌ぎに言葉を紡ぐ。視界の端で、香織が素直にココアに口を付けた。
時間を稼いでいる内に、次第に動揺は収まってきた。焚き火が心をリラックスさせると、どこかで聞いたことがある。目の前で爆ぜる赤い炎の存在は、確かにわたしを安心させてくれる。焚き火はまだ燃えている。
香織がカップをテーブルに戻す。私もそこでやっと、彼女の方を向くことができた。
カップに指をかけながら、香織はゆっくりと話し始めた。
「わたしはね。お姉ちゃんが好きなんだ。勉強が出来て、友達が多くて、優しくて。いつもわたしの手を引いてくれて、一緒に歩いてくれる。わたしの悩みを聞いてくれる。……わたしの、自慢のお姉ちゃんだよ」
「……ありがとう」
わたしはどう言って良いか分からなくなって、ただそう返した。香織の言葉は、静かなこの世界で、どこまでも真っ直ぐだ。焚き火の爆ぜる音すら、今は息を潜めているようだった。
「お姉ちゃんが一人でキャンプに行くって言った時は、ちょっと驚いたけど、良いことだって思った。お姉ちゃん、昔から一人で遊ぶってこと、殆ど無かったから」
そうだったかな、なんてとぼけた言葉は、口に出す前に舌の上で擦れて溶けた。
「でもね。キャンプに行く時のお姉ちゃん、全然嬉しそうじゃない。行ってきますってわたしに言う時、笑ってるんだけど、笑ってるように見えないんだよ。ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは、なんでここに来るの。何か、理由があるんじゃないの。わたしに教えてよ」
わたしは、純粋に驚いていた。キャンプに行く時の顔なんて、意識したことも無い。産まれた時からずっとわたしを見てきた香織だから、わたしの笑顔の中の違和感なんてものに気付けたのだろう。
香織は、さっきと同じ真剣な顔でわたしの答えを待っている。
でも、わたしはそんな問いへの答えを持ってなんかいない。
「わたしは……ただ、たまには一人で遊ぶのも良いかなって、キャンプを始めただけで……。ごめん、でも本当に、それだけ。心配しないで。わたしは大丈夫だから」
本心からのわたしの言葉が、なんでこんなにも空っぽに響くのだろう。無性に香織に対して申し訳なく感じた。
わたしは手持ち無沙汰に感じて、テーブルの上のカップに手を伸ばした。金属の取っ手に触れた瞬間、冷たさが指に伝わった。焚き火からの熱が届いていないのだ。焚き火は先程までに比べ、火の勢いが目に見えて衰えてきている。
「そろそろ焚き火が消えるよ。テントに入らなきゃ」
いたたまれなくなって、わたしは強引に話題を変えようとした。
「お姉ちゃん!」
香織が滅多に出さないような大声を上げる。違う。逃げているんじゃない。わたしには、香織の考えているような隠し事なんて無い。それだけ。
「何か悩みがあるなら、わたしに話してよ。わたし、お姉ちゃんにもらってばっかりで……お姉ちゃんから相談されたことなんて一度も無いよ。ねえお姉ちゃん、」
一体、何を怖がってるの。香織はそう言った。
わたしに悩みなんて無いんだ。本当に何も無いのに。じゃあ、香織の目に映ったのは誰だ。怖がっているのは誰なんだ。そんなのわたしじゃない。
頭痛がする。煙を吸い込みすぎてしまったみたいだ。
わたしはまた香織の顔が見られなくなって、ただずっと焚き火を見ていた。薪は殆ど燃え尽き、火はいよいよ弱まってきている。カップのココアもとっくに冷め切ってしまった。
わたしはなんでキャンプに行きたいと思ったんだっけ。それは、一人で遊ぶため。じゃあ、どうして一人になりたいんだっけ。わからない。香織の方が、よっぽどわたしのことを知っているのかもしれない。
このまま火が消えることが怖いだなんて、思ったのはこの時が初めてだった。
(以下は改稿前の文章です。一度公開したもののため、一応載せておきます)
焚き火に投げ込まれた枯れ枝は、炎に当てられた途端に呆気なく燃えた。薪が入ったことで、火はこれまで以上に高く躍り上がる。顔を焦がす熱を感じて、わたしは椅子を少しだけ引いた。
「薪、もう無くなっちゃったけど」
「良いんだよ。これ以上燃やしたら、寝る前に消えなくなるから」
軍手を外してテーブルの上に置いた。アルミの小さなテーブルの上には、カップが二つ並んでいる。一つがわたしので、もう一つが香織の。さっき入れたばかりのココアが、十月の夜風に当てられて柔らかな湯気を出していた。
森の奥の方で音がしたような気がして、カップに口を付けながら目だけで辺りを見回す。勿論人間が出した音じゃない。風の音でなければ、きっと狸か狐の足音だ。ここらにはよく獣が下りてくる。
火がますます勢いを増してきた。わたしはもう何センチかだけ椅子を焚き火から遠ざけて、再びカップをテーブルに置いた。ふと見ると、反対側のカップのココアが全然減っていない。
「香織も早くココア飲んじゃいなよ。冷める前に」
わたしは顔を右に向ける。
そこで、香織と目が合った。
日本に住む人間の約十人に一人が東京に居るというのは、統計上の事実だ。しかし、生まれた時からこの街に居るわたしにとっては、世の中の人間の十人に九人くらいが東京人だった。
都会に住むことを息苦しいと感じたことは無い。都会の人間が冷たいだなんて、誰が言いふらしたことなのか知らないが、少なくともわたしの周りの人は温かかった。わたしの話を聞いてくれる。わたしと一緒に話してくれる。私のことを好きでいてくれている。だから友達と遊ぶのは好きだ。何でもない日常というのを、わたしはきっと、人並み以上には楽しめている。
でも、それはそれ。高校二年生には、たまに一人になりたい時もある。そんな時私は、一人でキャンプに行く。あまり人気の無いキャンプ場の奥の奥、誰も寄り付かないような場所で一晩を過ごすのは、私の密かな趣味だった。
だから、妹の香織に「わたしもキャンプに連れて行って」とせがまれた時に、咄嗟に嫌な顔をしてしまったのも仕方の無いことだと思う。
確かにわたしの持ってるテントは大きめだから、香織が入っても余裕がある。けれど、寝袋は一つしかないのだ。秋の夜は冷えるからと止めたが、それでも香織はキャンプに付いていきたがった。可愛い妹の頼みを断りきれなかったわたしは結局、寝る時になったら寝袋は香織に譲ることをひそかに決めて、香織と一緒にキャンプ場に出かけることにした。
いつものキャンプ場までは電車で移動する。原付くらいしか免許の取れない高校二年生にとって、キャンプの最大の障害は移動だ。原付の免許は、危ないからと言ってお母さんが取らせてくれなかった。
急行に揺られること二十分、乗り換えのためにわたし達は一旦駅のホームに下りた。ここからは各駅停車で最寄り駅へ向かう。
「この辺になると、結構田舎なんだね」
「そういうこと、あんまり言わない方が良いよ」
都会人は冷たい、という話ではないが、都心に住むわたし達が「田舎」と口に出して言うのは、やはり何となく躊躇われた。
とはいえ、塗装が剥げ錆びた鉄骨の柱、ホームの中頃にぽつんと置かれた売店、エスカレータの無い歩道橋じみた階段などは、確かに都会とは違う空気を形作っている。
「田舎は駄目なの。じゃあ、自然が豊かだね。森とか畑とか」
「畑は自然じゃないでしょ」
「自然だよ。だって植物じゃん」
香織は手を口に当てて笑った。この、喉の奥から鳴るような香織の笑い声がわたしは好きだ。わたしにはどうだって良いようなことでも、香織が笑うと、わたしまで笑えてくるのだから不思議だ。
各駅停車に乗る人はいよいよ少なく、わたし達の向かいの座席に至っては、誰も座っていなかった。二人で家に居る時みたいな気分になって、わたし達はまたどうでも良いことを喋って、笑った。
「お姉ちゃん、今回の期末どうだった」
「まあまあかな」
「クラスで何番だったの。お姉ちゃんのとこ、順位貼り出されるんだよね」
「そんなでもないよ。四番」
「何人中の」
「四十一人」
「凄いじゃん!」
香織は自分のことのように喜んでくれた。香織の成績だって、平均よりずっと良いだろうに。香織はいつもわたしを凄いと言う。わたしを自慢の姉だと言う。わたしを憧れてくれるんだ。それがいつもくすぐったくて、いつも嬉しい。
秋の森の奥へ、夜は突然に訪れる。光を失った空気は瞬く間に冷え込み、風が木々の間を抜けて吹く。わたし達が外でこうして話していられるのは、焚き火が燃えているからだ。
香織は、いつからわたしを見つめていたのだろう。わたしの動きに、何か面白いところでもあったのか。
いや、違う。そういうことじゃないのは判っている。香織の表情は、今まで見たことが無いくらい真剣で、切実だった。香織の顔の右半分は焚き火に照らされて橙色に光っている。それだけに、影になった左半分が、無性に怖く思えた。
「どうしたの、香織」
わたしは努めて明るくそう言う。香織の目を真っ直ぐ見られなくて、焚き火の方に顔を向けながら。我ながら不誠実な対応だと思った。
「わたしね、お姉ちゃんと、二人きりで話したいと思ってたんだ」
「そんなの、家でもよく二人になってるじゃん。お父さんもお母さんも、帰ってくるの遅いから」
「そうじゃなくって」
香織が焦れたように首を振る。わかってる。香織は「ここ」でわたしと話したかったのだ。
「まあ、落ち着きなよ。ココア飲んで」
それでも私はまたその場凌ぎに言葉を紡ぐ。香織は素直にココアに口を付けた。
時間を稼いでいる内に、次第にわたしは落ち着きを取り戻していた。香織が強引にキャンプに付いて行きたがった意味も、今なら何となく判る。
香織がカップを置く。ここにきて私も彼女の方を向いた。
香織はカップに指をかけながら、ゆっくりと話し始める。
「わたしはね。お姉ちゃんが好きなんだ。勉強が出来て、友達が多くて、優しくて。いつもわたしの手を引いてくれて、一緒に歩いてくれる。わたしの悩みを聞いてくれる。……わたしの、自慢のお姉ちゃんだよ」
「……ありがとう」
わたしはどう言って良いか分からなくなって、ただそう返した。香織の言葉は、静かなこの世界で、どこまでも真っ直ぐだ。焚き火の爆ぜる音すら、今は息を潜めているようだった。
「お姉ちゃんが一人でキャンプに行くって言った時は、ちょっと驚いたけど、良いことだって思った。お姉ちゃん、昔から一人で遊ぶってこと、殆ど無かったから」
そうだったかな、なんて誤魔化しの言葉は、口に出す前に舌の上で擦れて溶けた。
「でもね。キャンプに行く時のお姉ちゃん、全然嬉しそうじゃない。行ってきますってわたしに言う時、笑ってるんだけど、笑ってなくて、何か、怖がってるみたいな……そんな顔してる。ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは、なんでここに来るの。何か、理由があるんじゃないの」
わたしは、純粋に驚いていた。キャンプに行く時の顔なんて、意識したことも無い。香織は、産まれてからずっとわたしのことを見てきたんだろう。そんな香織だから、わたしの笑顔の中の違和感なんてものに気付けたに違いない。
香織は、さっきと同じ真剣な顔でわたしの答えを待っている。
でも、わたしはそんな問いへの答えを持ってなんかいない。
「わたしは……ただ、たまには一人で遊ぶのも良いかなって、キャンプを始めただけで……。ごめん、でも本当に、それだけ。心配しないで。わたしは大丈夫だから」
本心からのわたしの言葉は、なんでこんなにも空っぽに響くのだろう。無性に香織に対して申し訳なく感じた。
わたしは手持ちぶさたになって、テーブルの上のカップに手を伸ばした。金属の取っ手に触れた瞬間、冷たさが指に伝わった。焚き火を見ると、先程に比べ、火の勢いが目に見えて衰えている。
「そろそろ焚き火が消えるよ。テントに入らなきゃ」
「お姉ちゃん!」
香織が滅多に出さないような大声を上げた。違う。逃げているんじゃない。わたしには、香織の考えているような隠し事なんて無い。それだけ。
「何か悩みがあるなら、わたしに話してよ。わたし、お姉ちゃんから相談されたことないよ。わたしは……」
わたしに悩みなんて無い。本当に何も無いのに。香織の目に映ったのは誰なんだ。誰が怖がっている。そんなのわたしじゃない。
わたしはまた香織の顔が見られなくなって、ただずっと焚き火を見ていた。薪は殆ど燃え尽き、火はいよいよ弱まってきている。
きっとわたしは、香織が変なことを言ったせいで気が動転してしまったのだろう。そうに違いない。
だって、このまま火が消えるのが怖いだなんて、今まで思ったことが無いのだから。
コメント
こういう描写って読み慣れてないとできないのかなと思いました。言葉の構成が上手くて読んでいて面白かったです。改稿後の方が暗示的という感じで好きですね。
短編で一人称内の暗示をするのが今の自分には難し過ぎて悲鳴を上げていたので、そう言ってもらえて嬉しいです。改稿についてですが、初稿は書いている中で自分の書きたいものが固めきれていなかったこともあり、文章が大変不味いという自己認識がありました。翌日内容を練り直してから文章を構築し直したものが改稿後のものです。
両方コピペしてどこがちがうのか比べてるとその言い回し言い回しに対するこだわりみたいなのが感じられるわね
個人的には妹の卑下するところが嫌いだと思うところがえいね、ってなった