学部4年間で読んでよかった短篇小説best3

 STARTです。二日後に論文の締切があり、作業をしなければならないのですが、昨日それとは違う大きな締切を越えたところなので気持ちが今一つ切り替わりません。先日のwottoの投稿に端を発する「best3」については、読んだ時から流れに乗るかどうかかなり迷っていたのですが、暇つぶしと思って少し書いてみることとしました。選択肢が増えると選ぶのが大変なのであえて短篇に絞っています。

三位:米澤穂信「シャルロットだけはぼくのもの」(『夏期限定トロピカルパフェ事件』、創元推理文庫)

 米澤穂信から一つ、となるとこれかと思う。「柘榴」と少し迷ったけど。真夏のある昼下がり、甘いものに目が無い女の子である小山内さんの家を訪れた主人公が、彼女のためのケーキをこっそり食べてしまうといういわゆる倒叙形式で展開される日常の謎だ。さっきまでそこに存在していたケーキの痕跡をいかにして消失させられるか、という馬鹿馬鹿しくも綿密な計画と、それが突き崩される瞬間。緊張感ある「日常の中の非日常」が何より読んでいて震えるほどに楽しい。

 それと、短篇ランキングとしてはいきなり趣旨から外れた言及になるが、本書は連作”推理”短篇という形式が組み立てる物語の面白さを初めて教えてくれた小説だったと思う。

二位:津原泰水「天使解体」(『綺譚集』、創元推理文庫)

 本書を開いて初っ端がこれだったということもあり、読んだ瞬間なんだこれは、と驚愕させられた掌編。わずか十二ページで語られるその内容は常軌を逸しているというより他ないが、細かな叙述の積み上げによって、語り手の見る異様な世界を読み手の自分までもがレンズ越しに一時覗き込んだような気になる。絶対に見えないはずの景色、色彩を、瞬く間に眼前へ突き付けられてしまった。初読時にはおかしな笑いが漏れた。人は小説を通して異世界へ足を踏み入れられるとよく聞くが、この小説は言わば一文一文が世界を端から異形のものに塗り替えていっているのだと、読みながらに実感する。

 同短篇集では「ドービニィの庭で」も好きだ。「天使解体」と併せて、小説を通して描かれる色彩について以後考える切っ掛けになった。

一位:伴名練「美亜羽へ贈る拳銃」(『なめらかな世界と、その敵』、早川書房)

 化け物。先程幾度目かの再読を終えて、多分一年ぶりくらいに同じ呟きに至った。「オールタイムベスト一位に挙げて、これが好きだ好きだと言っているうちにいつしか神格化してしまっているのではないか? 自分の過去の感想に胡坐を掻いてはいまいか?」という不安からの再読だったが、同じ理由で去年も同作を再読していたことを今更思い出している。

 舞台は数十年後の未来、脳へインプラントを撃ち込むことによって感情の励起をコントロールできるようになった社会において、遂に科学的な実現を遂げた「永遠の愛情」と、永遠もなにもない恋の話。本文冒頭の言葉を借りるなら、「彼らが、いかに互いを愛し合わなかったかの物語」だ。書き換わり得る人間の感情の下に展開も思考も目まぐるしく変化していくため、読んでいるこちらまでだんだん脳が破裂しそうになってくるが、吹き飛ばされそうになりながら付いていったその果てには、美しく凪いだ海のような結末が待っている。伴名練の小説を読み終えた時に去来する、「果てにまで辿り着いた」という静かな感動がたまらなく好きだ。上では「天使解体」について「見えないはずの景色を突き付けられた」と述べたが、私にとってこの小説は、私を知らない場所へ連れて行ってくれる、一緒に旅をしてくれるパートナーのように思える。

 もう一つこの小説の好きな点がある。話がめちゃくちゃ面白いということだ。ともすれば思考実験的なテーマのはずが、一度読み始めるとこれが止まらない(例:現在時刻は午前四時五十分。今日は論文を書かなきゃいけないはずなのに……)。これも作中の言葉を借りるが、本作には至る所に「ただの劇的効果」なる炸薬が込められていて、そこを通りがかった人間へ雨あられと面白さの弾丸を浴びせかけてくるのだ。もちろんそれが刺さるかどうかは個人の好みによるが、読んでいると「こちらにこれが刺さると分かって深々と刺しに来ているな」としみじみ思う。伴名練に対して時折「ずるい、許すまじ」との感想が湧いてくるのはこういう次第だ。いつか私も、別に読み手の心情を意のままに操ることなど望みもしないが、この手で綴る文章は、物語は、一作くらい自分でも満足行くほどに操ることができればなどという、これは単なる野望である。

 以上best3でした。眠いので、寝ます。今後は少なくともここに書いた内容が恥ずかしくってたまらなくなるくらいには本を読んで、色んなものを知っていきたいと思います。いやまあ、既に大分恥ずかしいんですが。こんな記事誰も見ないでください。でも伴名練の小説は読んでください。