この投稿は「カオスの坩堝 Advent Calender 2017」の(原文ママ)16日目の記事です。
※本文における時刻表記、旧字体等については現代表記とし、本文の内容を尊重しつつ現代に合わせた文体へと変更を加えた。また、本航海日誌における戦闘記録の詳細は『太平洋諸島に於ける海軍戦闘記録』等に収録されている。
表紙 染み多し 文字の記入無
見返し インクによる文字の記入有
『初めから分かっていた。夢は夢のままだ。しかし、たとえ幻であろうとも、私はこの日誌と共に』
十数頁に渡って記載無し
某月某日
明朝、敵艦隊に対し攻撃を行う予定だ。艦隊全体に緊張が感じられるが、皆心の中では勝利を確信していることだろう。こちらの兵力は先日合流した四隻の駆逐艦も含めて、空母一隻、戦艦二隻、巡洋艦六隻、駆逐艦十八隻。敵に空母の残存が無いことは既に判明している。我々の使命は、圧倒的な攻撃でもって敵艦隊を壊滅に追い込むこと、ただそれだけだ。敵艦隊が海域を撤退すれば、我々は目的の島へ上陸するべく直進することができる。ここまで長き道程だったが、我々の目的はいよいよ遂げられる。
某月某日
早朝、敵と交戦。目視で発見した時には既に敵は戦闘態勢に入っていたため、事前に電探で見つけられていたのだろう。とはいえ多勢に無勢、戦闘は終始こちらの優勢に終わった。味方駆逐艦一隻、至近弾により小破、一時浸水するも修復。敵は駆逐艦一隻が沈んだ他、巡洋艦一隻に大規模な火災を確認している。暫くの後に敵艦隊は撤退した。我々の勝利だが、敵は既に逃げ腰とでも言うべきか、自分から近付こうとしないので、ここで仕留めることは叶わなかった。とはいえ、確実に追い詰めてはいる。追撃のため、そして島への上陸のため、我々は先を急いだ。
某月某日
敵の姿は見えない。それは潜水艦含めてのことであり、当然味方艦が雷撃を受けることもなかった。平穏な一日と言える。
某月某日
日没頃、敵の潜水艦を発見。駆逐艦によって爆雷が投下された。海面に大きく広がった油膜が確認されたため、敵潜水艦の沈没は確実だろうという判断が下り、そのまま先へ進むこととなった。
某月某日
正午頃、敵艦隊と再び交戦。敵兵力、戦艦一隻、巡洋艦七隻ほど、駆逐艦十数隻。全面的に兵力はこちらが上回っていた。
交戦後暫くして、敵駆逐艦二隻が相次いで味方の砲撃により炎上、後沈没した。敵からの砲撃も激しく、巡洋艦が一隻大破、航行不能に陥ってしまった。そのまま総員退艦、艦は雷撃処分となっている。他、駆逐艦二隻小破、戦艦にも一発命中弾があったが大事には至っていない。逆に味方戦艦の砲撃により敵巡洋艦一隻が爆発し、そのまま沈んでいる。
海戦は一時間の後に敵艦隊の撤退という形で終わりを告げた。我が方の勝利である。先の巡洋艦一隻を除いては、損害は十分に修復できる程度とのことだった。
某月某日
夜が明けた。海は凪いでいる。昨日の激しい戦闘が嘘のように、大変穏やかな一日だった。こちらの被害も決して少ないわけではないが、敵艦隊を半壊させることに成功したのだ。私含め、兵の士気も高まっている。昼過ぎには、別行動をしていた水雷戦隊所属の数隻がさらに参加し、艦隊はますます心強い編成となった。敵が島の近海に艦を集中させていることは昨日判った。明日以降さらに攻撃を加え、海域から追い払う必要がある。早くせねば。友軍が、島で我々の支援を待っているのだ。
某月某日
午後一時十分 前衛の駆逐艦より二千メートル先に敵潜水艦の潜望鏡を発見との報告有。駆逐艦による爆雷攻撃が始まる。
午後一時二十分 三時の方向、一千五百メートル先にて味方駆逐艦右舷側に水柱を確認。敵潜水艦の雷撃によるものか。方向から先程発見したものとは別の艦であると考えられる。雷撃を受けた駆逐艦は右舷方向に大きく傾斜。沈没は免れないだろう。輸送船団が雷撃を受ける危険も有る。護衛を行っていた駆逐艦が爆雷攻撃を開始する。
午後一時二十五分 味方駆逐艦、沈没。
午後一時三十五分 初めに発見した潜水艦が爆雷攻撃により浮上、前衛の駆逐艦の砲撃によって撃沈との報告有。残る潜水艦も既に発見されており、爆雷攻撃が続いている。
午後一時四十分 一時の方向より敵機多数飛来。味方空母からも戦闘機が出撃を始める。
(略)
午後二時十分 十一時の方向に敵艦隊発見、距離九千メートル。敵戦力空母一隻、戦艦二隻、巡洋艦十隻足らず、駆逐艦十数隻。爆撃により炎上していた味方巡洋艦は総員退艦となるだろう。空母の火災も完全には静まっていない。本艦にも敵爆撃機による爆撃があったが、幸い命中はしなかった。
(略)
午後二時五十分 敵艦の砲撃により、味方駆逐艦一隻が爆沈、巡洋艦一隻にも火災を確認。一時の方向より敵機さらに飛来。空母、火災拡大により航空機の離着艦は不能。
午後三時五分 駆逐艦一隻、敵機の爆撃により爆発、前後に分断され沈む。こちらから千メートルほどしか離れていない。
午後三時十分 敵駆逐艦一隻、十時の方向にて味方艦の雷撃により轟沈。敵の砲弾が本艦のやや近距離に着弾するも、大きな被害は無し。
午後三時二十五分 炎上していた味方巡洋艦一隻が爆発。弾薬庫が誘爆したか。一分の後艦首まで沈没。空母、退艦が始まる。
(略)
午後三時五十五分 味方戦艦、右舷方向への傾斜が止まらない。もう一隻も大規模な火災が発生している。三時の方向、一千メートル先で巡洋艦が対空射撃を継続している。敵艦隊の被害状況は最早判らない。味方艦隊の被害状況、これも、もう判らない。
(略)
午後四時二十分 味方戦艦、傾斜から回復。先程沈んだもう一隻の艦底が海面から覗いている。上空では航空機が飛び交っているが、そのうち何機が味方なのか。本艦の対空射撃により敵機をさらに一機撃墜。右舷の浸水、修復可能とのこと。
午後四時三十分 味方空母、沈没。
(略)
戦いが終わった。私は生き残った。一輸送艦の艦長に過ぎない私が生き残り、数多くの兵が死んだ。私には、何も出来なかった。こうして戦況を書き記し、僅かに機銃で抵抗する以外には何も。その機銃手も、敵の爆撃により戦死してしまった。
作戦の継続は最早不可能だろう。我々は負けたのだ。撤退して港に戻る以外ないが、それもきっと叶わない。長く書いてきた航海日誌も、これが最後のページとなるのかもしれない。これから船と共に沈む日誌に、何の意味があるのか。私も、日誌も、共に生きてきた乗組員達も、そして積み込んだ物資も沈むのだ。この物資をどれ程の兵が待ち望んでいることか。涙が止まらないのは、咥えた葉巻の煙だけが理由ではないのだろう。届けてやりたかった。兵に飯を腹いっぱい食わせてやりたかった。夢なら覚めてくれ。いや、もう夢でもいい。彼らが輸送艦を見て笑っているその光景を、私に一目見せてくれ。
某月某日
いよいよ島が近付いてきた。味方の艦からの報告によると、敵艦隊も島の近海に集結しているらしい。明日にも大規模な戦闘となる。敵の空母も出てくるだろう。先の戦闘によりこちらの戦力は消耗したが、まだ戦艦も巡洋艦も残っている。厳しい戦いになるとは思うが、ここで勝たねば島には辿り着けない。決死の覚悟で突撃するより他、道は無い。
(略)
某月某日
出港に合わせ、本日より航海日誌を書くこととした。本艦は主に食糧を運ぶ。兵にとっては最も重要な艦の一隻となるわけだから、その責任は重い。必ずや物資を目的の島に送り届けるとここに誓う。物資を送らぬうちには死ねない。死ぬのならば、島の岸で最後の米袋を置いた時がいい。兵の笑顔を見た後なら、私も笑って死ぬだろうから。
そういえば、積み荷の中にはわずかだが葉巻も入っていた。何でも普通の煙草ではなく、南方の怪しげな葉が巻かれているとのことだが、それを兵が吸って、敵兵の幻覚でも見たらどうするのか。まあ、大方階級の高い人間が楽しむのだろうが、どの道煙草すら吸わない私には縁遠い話だ。
いよいよこれから長い旅が始まる。作戦の成功を心より願って、本日はここで筆を置くこととする。
表紙 染み多し インクによる文字の記入有
『航海日誌』
この記事は「カオスの坩堝 Advent Calendar 2017」の(原文ママ)16日目の記事でした。STARTが担当しました。(原文ママ)17日目はタクシャカさん担当の予定です。
コメント
軍事は疎いので
率直に聞くと何か元ネタはありますか
僕もさして詳しくないので……描写の参考資料が色々というのはともかく、内容として類似点があるのは「第三次ソロモン海戦」かな。作戦目的、編成数など。
なるほど
ちょっと調べてみようかしら