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硝子の島

 もう家に帰りましょうよ、あなた。君がそう言った。上着がないと、ここは少し寒いわ。  僕は辺りを見回して、隣に立つ君へ微笑んだつもりでいた。帰るったって、もう家の場所だって分かりゃしないだろう。あらそうね、と笑う君の桃色の声帯が、くつくつと上下に揺れる。もちろん、僕らにとってそれはひとくだりの冗談にすぎない。帰る必要だって、もうない。  透ってしまったアスファルトの道路を、氷...

学部4年間で読んでよかった短篇小説best3

 STARTです。二日後に論文の締切があり、作業をしなければならないのですが、昨日それとは違う大きな締切を越えたところなので気持ちが今一つ切り替わりません。先日のwottoの投稿に端を発する「best3」については、読んだ時から流れに乗るかどうかかなり迷っていたのですが、暇つぶしと思って少し書いてみることとしました。選択肢が増えると選ぶのが大変なのであえて短篇に絞っています。 三位:米澤穂...

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壁に向かって喋ってろ(AA略)

 最近は、なにかに赦しを請うかのように本を読んでいる。  修行のように大量の本を濫読しているという意味ではない。8月初旬には専門に関してひとつの峠があったが、そこを越えて以降はむしろ以前よりも読むペースは落ちた。書くのも遅々として進まないので実際スランプなわけだが、これは8月初旬がどうこうではなく、あるいは夏が悪いのでもなく、ただこの4月から続く低空飛行の日々が、ゆっくりと私からなにかフロ...

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テーマ「タクシー」 冒頭部

 先日、サークルの方で「タクシー」をお題に短篇小説を書きました。十数ページほどの短い小説ですが、その全文をここへ載せるのは読みやすさの面等から躊躇われましたので、冒頭部の一節のみを掲載させていただくこととします(坩堝掲載に際し一部推敲)。 ------------------------------------  ターミナルを出た人影が、早足でこちらへ近付いてくる。私は窮屈な...

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晩雷

 氷川哲郎の様子がおかしい、という報せが入ったのは、面会時間が終わる間際の夕暮れ時だった。  看護師と連れ立って病室の引き戸を開ける。中では私を呼び出した張本人、哲郎の息子が待ち構えていた。 「哲郎さんに何かあったとお聞きしましたが」 「ええ、その」見た目に四十は過ぎでいるであろう哲郎の息子は、落ち着かない様子で薄くなり始めた頭を擦った。 「 仕事帰りに会いに来たんです...

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影の男

 町内放送の夕焼けこやけが耳に届いたことで、初めて僕は今が夕方であることに気付いた。 一体どれほどの時間、僕はここで呆けていたのか。目の前の世界が赤く変わっていったことにすら意識が向いてなかったのだから相当のものだ。茫然自失、とは今の僕のことを言うのだろう。  ここへ来た時は砂場で遊んでいた数人の子供たちも、いつの間にか居なくなっていた。彼らが夕焼けこやけよりも前にこの児童公...

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焚べる

(2018年12月22日0時改稿) 焚き火に投げ込まれた枯れ枝は、炎に当てられた途端に呆気なく燃えた。乾き切っていない枝があったのか、火は視界をぼやけさせる程の白煙を吐き続けている。顔を焦がす熱を感じて、わたしは椅子を少しだけ引いた。 「薪、もう無くなっちゃったけど」 「良いんだよ。これ以上燃やしたら、寝る前に消えなくなるから」 軍手を外してテーブル...

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無い袖は振れん

ち。 皆さんこんにちは。STARTです。昨年のAdvent Calendarをカオスの坩堝での初めての投稿とした僕ですが、今年も無事記事を上げることが出来ました。ざっくり二年目最初の投稿となる本記事は、少し長めのものとなってしまうと思われますが、どうぞ最後までお付き合いいただけますと幸いです。 さて、ご覧の通り今回の記事タイトルは「無い袖は振れな...

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墓標

砂漠に立つ。 頬を汗が伝う。流れた汗は干上がり、熱気の中に霧散する。 肌が灼ける。皮は剥げ、肉は朽ち、遂に骨が覗くだろう。 ここで一歩進むならば。この一度限り脚を持ち上げ、一粒先の砂を踏みしめたならば、私は救われる。 或いは一歩退けば。あの空に燃える太陽の熱射に背を向け、冷えた石畳を鳴らせば、私は全てを忘れる。 眼が焼ける。喉は貼り付き、二度と開かぬ。 私は立つ...

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憧憬

暫くすると、ロードバイクは上り坂へと差し掛かった。車二台がようやくすれ違えるかというような幅の、舗装も不完全な道を走るその先、東南東の空には先程上ったばかりの満月が輝いていた。 「嗚呼、帰ってきたのだな」 僕は小声でそう呟いた。産まれてから中学卒業までの十数年間を過ごした故郷、実に七年ぶりの里帰りになる。がたがたになった坂道も、その横に建つ瓦屋根の家並みも、あの頃と何一つと言っ...